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全国一斉花火…疫病退散を祈願「Cheer up!花火プロジェクト」

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Cheer Up Sagamihara 相模原球場で打ち上げ花火!

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相模原の中央地区の花火は、サーティフォー相模原球場で打ち上げられました。

筆者は、自宅の物干し台から、近所の家の屋根の間から楽しみました。

素晴らしかったです。久しぶりに、顔を上げ、空を見上げました。

友人が、写真を送ってくれましたので、掲載します。

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北里大学病院からも相模原球場の花火を楽しめたと思います!

医療現場の皆さん、コロナ対応、ありがとうございます。

全国では、163社の花火業者さんが連携して、このイベントを開催してくれました。

全国の花火業者さん、ありがとうございました。

花火の動画

相模原球場での動画をYoutubeにアップしました。

お楽しみください!

クリックしてください☟

相模原球場での花火の動画はこちら

https://youtu.be/w-g-VXX1ZsI

youtu.be

https://youtu.be/SW7vP18v7Yc

 

今年の全国の花火大会は中止!

新型コロナウイルスの感染拡大により非常事態宣言が発令されたこともあり、各地の花火大会が相次いで中止となっています。

中止が決まっている主な花火大会

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花火玉の製造は梅雨入り前が全盛期です。しかしながら、6月の静岡市の「安部川花火大会」、7月の東京名物「隅田川花火大会」など大規模な大会が中止となり、昨年の大雨で残っている花火玉も多く、現在、花火玉の在庫は飽和状態との事。

新規の花火玉製造が止まり、このままでは、技術の継承に影響しかねないとの事です。

大問題です。

Cheer up!花火プロジェクト

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今、全国で一斉に花火を打ち上げる計画『新型コロナウイルスの感染収束願う 全国一斉花火』が進められています。

新型コロナウイルスの感染終息を願い、全国の花火師たちが一斉に花火を打ち上げるプロジェクト「Cheer up!(チアアップ)花火」です。

花火大会は江戸時代、疫病などから民を守るために始まったという歴史があり、「悪疫退散」を願って、花火師さん達が企画しました。

「集客なし」「5分以内」

観覧の密集を防ぐため、日時、場所は事前に公開されません。

6月初め、全国約150カ所の夜空に一斉に打ち上げるという計画です。

計画されている花火大会は、「集客なし」「5分以内」です。 

無事開催されて欲しいですね!

配られた【Cheer up ! さがみはら花火とは?】のチラシ

5月30日に、特定の地域で、『近隣の皆様へ』というチラシが配られました。

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Cheery up!さがみはら花火実行委員会からのチラシです。

6月1日午後8時から、新型コロナウイルスの感染収束を願う花火が打ち上げられるとの告知チラシです。

医療従事者や全ての方へ感謝の花火です。

チラシの注意事項

チラシには、『3密回避のため、花火打ち上げ場所は非公開とし、皆様にはおうちからの鑑賞をお願いいたします』との記載があります。

ぜひ、ご自宅での鑑賞をお願いいたします。

なお、自宅から花火を見ることができないという人も大会の様子をチェックできるように、イベント終了後には参加する花火師さんたちが写真やビデオをアップロードするそうです。

ハッシュタグ#cheeruphanabiをチェックしてほしいとの事です。

著者注

読者の方から、このチラシ配布の情報提供がありましたので、掲載します。

この情報は、場所が非公開であり、未確定情報であること、ご了解ください。

3密を避けること、よろしくお願いいたします。

花火大会の起源

始まりは「両国の川開き」だと言われ、川開きとは納涼祭のことで、「両国の川開き」は、大飢饉、疫病の流行をきっかけに行われた水神祭が起源だと言われております。

江戸時代初期まで、幕府の政策(主要河川の架橋禁止. 軍事的要因と技術的要因)により橋をかけることが禁止されており、渡し船しかなく、渡渉・渡船については、場所の指定があり勝手に渡ることは許されておりませんでした。

そんななか、1657年3月2日に「明暦の大火」が起こり、「明暦の大火」は江戸市中の半分を燃やし尽くす大火事となりました。

橋がなかったため火災から逃げる事が出来ず、犠牲者は数万人にのぼったことから、墨田川に橋をかける事業が起こされ、両国橋が作られます。

橋の上は風が通り、川からの冷気で涼が楽しめました。両国は、涼を求める江戸市民に人気のスポットとなりました。

そんな人気スポットに花火が打ち上がりました。

きっかけは「享保の大飢饉」で、大飢饉の影響で物価が上がり、疫病(コレラ)の流行もあり、江戸市民の生活は悲惨な状態に陥りました。

そこで、慰霊と疫病退散を祈願する目的から、8代将軍・徳川吉宗が両国で水神祭を行い、花火を打ち上げました。

当初は20発程度の小規模なものだったそうですが、これが花火大会の起源といわれています。

これ以降、両国では花火を伴う納涼祭として「両国の川開き」が行われるようになり、花火大会は夏の風物詩となっていきました。

引用元 

https://setagayabenri.com/blog/9861/

setagayabenri.com

 「Cheer up!花火プロジェクト」のHPはこちら

www.cheeruphanabi.com

https://www.cheeruphanabi.com/

 

 

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